建築家コラム

能動性を引き出す新しい家のかたち

空間に身体を反応させながら
その時々に合わせて場を選び取る喜び

2020.06.17

住宅の模型

現在設計中の最新作「リビングストラクチャー」。
街が立体化したような複合建築で、半分以上が半屋外空間となっている。


新型コロナの脅威がもたらしたもの

新型コロナで東京の町の風景が変わった。
それは僕にとってポジティブなものであった。

道を走る車の数は減り、歩く人も疎らとなり、開くお店も限られてくる。すると目黒川にウグイスの囀りが響き始めたのだ。車や人が減り安心したのだろうか。日々目黒川沿いの桜並木を抜け、恵比寿に構えた小さな事務所まで通っていたが、ここでウグイスの声を聴いたのは初めてであった。また住宅街の中を歩いていても、今まで聞こえてこなかったお母さんの叱り声や掃除機の音、オンライン会議での笑い声などが道に溢れ出していることに気付く。換気と居心地を求めて皆が家の窓を開け放ち、路地には人の気配が漂っていた。そして駅前に並ぶ店も競い合うかのように扉や窓を限界まで開け、風通しを売りに人を呼び込んでいる。
「ああ、なんかいいな。」と思った。
人の動きが穏やかになり、建築があちこちで開いていく。東京の町全体が呼吸し始めた瞬間のように感じた。振り返れば、東日本大震災でスーパーやコンビニが節電のために照明を落とした時も、夜の街に暗がりと静けさが戻り、「ああ、夜っていいもんだな。」と思った。
こうして社会全体が自然由来の苦しい脅威にさらされると、逆に自然とのつながりを強く意識し始め、そこに人間としての本質的な喜びと豊かさを実感する。

児童センターの完成予想図

着工を控える「松原児童センター」。連続したボールト形状の屋根の下に特徴的な軒下空間が広がる、庭と一体となった建築。


新型コロナで変わりゆく生活の境界線

新型コロナがパンデミックを引き起こしたことで、暮らすための住宅、学ぶための学校、働くためのオフィスと機能毎に切り分けられていた空間が、境界を越え、今一気に家の中に溶け込み始めている。テラスに出て朝食を取りながらメールをチェックし、書斎でオンライン授業を受けながら読書に耽り、陽の当たる縁側で洗濯物を畳みながら仕事のアイデアを練り、子供が映画を観る横でオンライン会議をこなし、シャワーを浴びた後には窓辺でビールを片手に友達とオンライン飲みをする。今までの切り分けられた日常と違い、場所と気分を少しずつ変えながら仕事と暮らしがずるずると途切れることなく続いていく。こうした働き方、生き方はとても現代的だと思う。居場所を選び取りながら自由に過ごすことに心地よさ、働きやすさを感じた人も多かったのではないだろうか。

能動的な住宅の室内

6月初めに完成した「Rib」。45㎜の角材に曲げ合板を張り、窓辺に居場所を作ったリノベーションプロジェクト。

能動的な住宅の窓辺

二つの板材で奥行をつくり出す「Rib」の窓辺。


建築家が果たすべきこととは

ただ空間の広がりにも限りがあり、その中で建築が果たすべきことは二つあると僕は考えている。一つは、変化し続ける外部環境を積極的に取り込み、そこに居場所を作り出すこと。軒下の半屋外空間や窓辺に自然の揺らぎが注ぎ込まれることで、多様で快適な場が生まれていく。そしてもう一つは、「能動性を引き出す新しいかたち」を開発すること。見晴らしのいい高い場所、落ち着いて籠れる場所、うろうろと歩きたくなる場所など、身体をやわらかく刺激する空間を連ねていくことで、人はその時々に合わせて場を選び取りたくなり、それが能動性を喚起し始める。こうして生き生きとした新しい家のかたちが生まれ、それが人間として、動物としての喜びと豊かさに満ちた、新しい時代の住処となることを期待している。

能動的な住宅の寝室

窓辺をやわらかく包み込む「Rib」の本棚

能動的な住宅の廊下

表と裏が同時に見える「Rib」の曲面壁