在宅勤務と暮らしの在り方

2020.09.15

21世紀は「観光の世紀」と言われています。少なくとも半年前までは。世界中で人が移動し、有名観光地はもちろんのこと、それまで比較的ローカルで閉じていた美しいコミュニティにも、たくさんの来訪者が訪れるようになりました。それは喜ばしい場合もあれば、地域性の破壊という望ましくない状況も生み出しました。21世紀も20年が経った今、このタイミングで起こった新型コロナウイルスのパンデミックは、もしかしたら私たちへの警鐘かもしれず、それが過剰な移動に対する警鐘なのだとしたら、日常的な移動である通勤、通学、出張をも見直すべきタイミングなのかもしれません。確かに今までの通勤ラッシュは異常とも言える移動の在りかたでした。全員が同じ時間、同じ方向に向かって移動することから解放され、在宅勤務という新しい仕事の仕方は私たちの暮らしからストレスを1つ消してくれているのではないかと思います。

在宅勤務を成立させるのは、言うまでもなくインターネットを利用したコミュニケーションツールです。これからもこの分野は進化していくことでしょう。それらのツールを積極的にかつクリエイティブに使っていけば、より豊かな組織や仕事のあり方が生まれていくと思っています。私の事務所でも在宅勤務と出社を組み合わせていますが、毎日始業時と就業時にZOOMで全体ミーティングを行い、在宅勤務で陥りがちな事務所全体のコミュニケーション不足を補っています。iPadを使えばZOOMでエスキスもできるので、リアルタイムにスケッチで対面と同じ様に打合せをしています。

同時にこのネガティブな変化をポジティブな変化へと変えたいと、新しいコミュニケーション手法の構築にチャレンジしています。例えば、クライアントとの設計打合せのために、Unreal Engineというゲームをつくるプログラムを使って住宅の仮想空間を作り、その中を歩き回りながら空間からディテールまでをクライアントに体感してもらい、実際の使い方や空間のつながりなどを理解してもらうという試みを始めています。仮想空間なのでオンラインでの共有も可能になります。建築は実際の空間を設計段階で見せることができず、専門家以外の方にはなかなかイメージしていただくことが難しいのですが、仮想空間を使えば効果的かつ確実にイメージの共有が可能になります。

最後に、在宅勤務を豊かにするための住宅について少しお話したいと思います。現在設計しているいくつかの住宅では、仕事のための空間をご要望されるクライントが多くなりました。在宅勤務がメインになると家にいる時間が長くなるので、住むために必要な機能以外の場所をいかに取り入れるかということが大事になってきます。外の空気を感じられるテラスや中庭、外とつながった中間領域のような内部空間など、単調で画一的になりがちな在宅勤務を、一日の天気の変化や季節の移ろいの中で気分を変えながらできること。そのための多様な場所がこれからの住まいには必要です。

コロナ禍の中、最近完成した住宅では、大きな軒が張り出したテラスとベンチを介してつながる、地面と同レベルの床座のスペースをつくりました。もともと在宅勤務や外出自粛のために考えた訳ではないのですが、結果として家で過ごす時間の長い今の生活になくてはならない豊かな居場所になっています。
在宅勤務を取り入れた新しい生活スタイルは、今までよりも更に住宅に多様さを求めることになるでしょう。結果としてこれは、より豊かな居住空間が生まれる契機になるのではないかと思っています。